従業員31名の部品商社。主力商品の在庫数が、三か所に存在していました。
①基幹システムの在庫数。受発注の処理に連動して動きます。②倉庫担当が管理するExcel。入出庫を手で打っています。③現場のホワイトボード。出荷担当がその日の動きを書いています。
三つとも、少しずつ違っていました。原因もはっきりしていました。システムは伝票の入力タイミングで遅れ、Excelは打ち間違いがあり、ホワイトボードは当日分だけが正しい。
会議では、数字が出るたびに『それはシステムの数字ですか』という確認が入りました。そして毎回、三つを突き合わせる作業が始まります。
社長が最初に出した指示は『数字を合わせろ』でした。これが半年、進みませんでした。
この会社が取り違えていたのは、精度の問題と権威の問題でした。
三つの数字は、それぞれ別の目的のために作られていました。システムは請求と発注のため。Excelは倉庫の作業指示のため。ホワイトボードは当日の積み込みのため。目的が違うので、ずれるのは当然です。
問題は、どの目的のときにどれを見るかが決まっていなかったことです。だから全員が自分の手元の数字を持ち寄り、会議で突き合わせていました。
そして突き合わせる作業には、もう一つ悪い効果がありました。どれも信じられなくなる。三つとも違うと分かっている数字を、誰も判断の根拠にしなくなります。
この会社がやったのは三段階です。
①正本をシステムの在庫数に決めた。理由は精度ではありません。請求と発注につながっていて、間違えたときに外部に影響が出るからです。外に出る数字を正本にする、という決め方をしました。
②残り二つに役割を明記した。Excelは『倉庫内の作業指示用』、ホワイトボードは『当日の積み込み確認用』。どちらも在庫数の根拠には使わないと紙に書きました。
③ずれを見つけたときの手順を決めた。合わせるのではなく、システム側を直す。Excelやホワイトボードの数字が正しいと分かった場合も、修正するのはシステムです。
この三つ目が要点でした。正本を決めるとは、直す先を一つにすることと同じです。
二つ出ました。
一つ目、『システムは古いから当てにならない』。倉庫担当からの反対です。実際、入力の遅れで当日分はずれていました。
処理は単純でした。正本は『前日締め時点の数』と定義した。当日の動きは正本に含めない。どの時点の数字かを定義に入れると、ずれの大半が消えます。
二つ目、Excelがなくならなかった。やめさせようとしたが、倉庫の作業には必要でした。
ここは残しました。やめさせるのではなく、在庫数の根拠に使わないと決めるだけ。帳票を減らすことが目的ではありません。
三か月後、会議で『それはどの数字ですか』という確認がなくなりました。議題に入るまでの十分が、そのまま消えたということです。
そして副産物がありました。システムの入力の遅れが自然に減った。正本として扱われるようになったので、遅れると困るのが自分たちになったからです。精度を上げる指示は出していません。
社長の言葉はこうでした。『合わせろと言っていた半年で、何も変わらなかった』。
この会社は、在庫のあとに同じ作業を三つの数字で行いました。受注残、売掛の残高、稼働可能な人員数。
どれも複数の場所に存在していました。そして受注残がいちばんひどかった。営業の手帳、販売管理システム、製造の生産計画表。三つが違い、しかも誰も不思議に思っていませんでした。
正本を決める作業は、一つの数字に半日もかかりません。対象を一度に広げないことだけが条件です。この会社は一か月に一つのペースで進めました。
BEYONDはコンサルティング会社ではなく、自分たちで複数の事業会社を経営している集まりです。この整理は各社でやりました。
私たちが使っている決め方の基準は一つです。外に出る数字を正本にする。請求書に載る数字、申告に使う数字、取引先に報告する数字。間違えたときに外部に影響が出るものは、放っておいても精度が維持されます。
逆に、社内用の数字を正本にすると維持されません。間違えても誰も困らないからです。
そして一つ注意点があります。帳簿書類の保存や棚卸資産の評価については、関係法令にもとづく取扱いがあります。社内の運用として正本を決めることと、法令上の帳簿の扱いは別の話です。ここは顧問税理士にご確認ください。
GEARで伴走する場合、システムの統合から入りません。いま会議で確認が入る数字を一つ選び、どこに何個存在するかを数えるところから始めます。多くの会社で、三か所以上出てきます。
そのうえで、外に出る数字を正本にする基準、時点の定義、残す帳票の役割の明記、ずれたときに直す先の決定まで。一か月に一つのペースで広げていきます。帳簿や評価に関する法令上の取扱いは、顧問税理士への確認とセットで進めてください。
まずは無料の業務ムダ診断で、いま現場のどこに手間が溜まっているかを確かめてみてください。結果を見ながら、最初に正本を決める一つを一緒に選びます。
※本記事に登場する会社および経緯は、中小企業の現場でよくある状況をもとに構成した想定事例であり、特定の企業の実例ではありません。本文中の数値はいずれも説明のための仮設例です。帳簿書類の保存および棚卸資産の評価に関する取扱いは、関係法令にもとづき顧問税理士にご確認ください。