従業員29名の部材加工会社。ある月曜、営業から報告が入りました。『B社が、うちの主力と同じ仕様で二割安く出しているそうです』。
社内の反応は割れました。営業は『すぐ合わせないと全部持っていかれる』。製造は『二割下げたら赤字です』。社長は結論を出せず、とりあえず『相談があった先だけ個別に対応する』と決めました。
三か月後、状況は悪化していました。個別対応した先の価格が他の顧客に伝わり、値引きを求める連絡が増えたのです。しかも失注は止まっていない。粗利だけが削れて、客は減った。
この会社が持っていなかったのは、判断の材料でした。
追うか追わないかは、本来は引き算で決まります。追った場合に失う粗利と、追わなかった場合に失う粗利。この二つを比べるだけです。
ところが、後者を出すにはどの客が実際に離れるかの見立てが要ります。ここを誰も持っていなかった。だから『全部持っていかれる』という最悪の想像と、『そんなに簡単には離れない』という希望的観測がぶつかり、感情の議論になりました。
この会社がやったのは、主要な取引先を一件ずつ三つに分ける作業でした。所要は半日です。
①価格だけで決めている先。過去に相見積もりで条件が競合し、こちらが取ったり取られたりしている。二割下がれば、ほぼ確実に移ります。
②価格以外の理由がある先。急な変更に対応してきた、図面の相談に乗ってきた、担当者が現場を知っている。二割では動かない可能性が高い。
③分からない先。付き合いは長いが、なぜ選ばれているのかを説明できない。ここが一番多くなります。
そして③について、営業が実際に聞きに行きました。値下げの話はせず、『いまうちに発注いただいている理由を教えてください』とだけ。
結果、③の大半が②に移りました。理由はあったが、こちらが把握していなかっただけだったのです。
分類を金額に直します。
追随した場合。全取引の売上に二割の値下げが効くので、粗利の減少額が出ます。この会社の場合、年間の営業利益をほぼ食い潰す水準でした。
追随しなかった場合。①に該当する先の売上が全部消えると仮定して、その粗利を引きます。こちらは①が全体の一割強しかなかったため、影響はずっと小さかった。
比べた瞬間、議論は終わりました。追わない。そして①については、最初から失う前提で計画を立て直すと決めました。
決めただけでは、現場は不安なままです。この会社は三つを同時に動かしました。
①②の先に、理由を言語化して返した。聞き取りで出てきた理由を、そのまま提案書や見積の添え状に書く。選ばれている理由を相手にも確認してもらうという作業です。
②営業に断る言葉を渡した。『社として価格では対応しない』とだけ伝えると、営業は板挟みになります。『納期と仕様変更への対応でお応えします』という代替案をセットで持たせた。
③①の穴を埋める計画を先に立てた。失う前提の売上を、どこで埋めるか。失注してから慌てるのと、先に計画があるのとでは、社内の空気がまったく違います。
①に分類した先のうち、実際に離れたのは半分ほどでした。想定より少ない。価格だけと見えていた先にも、切り替えの手間という壁があったからです。
②と③からの離脱は、ほぼゼロ。そして予想していなかったことが起きました。離れた先の一部が、半年後に戻ってきたのです。理由は品質と納期でした。
この会社が一年で得た本当の成果は、顧客が自社を選ぶ理由の一覧でした。競合の値下げがなければ、聞きに行くこともなかった。値下げ攻勢は、自社の強みを棚卸しする機会でもあります。
BEYONDはコンサルティング会社ではなく、自分たちで複数の事業会社を経営している集まりです。値下げ攻勢は、どの会社でも定期的に来ます。
私たちが決めているのは、追随の判断は一件ずつではなく、必ず全体の数字で行うということです。一件ずつ見ると、どの案件も『これは特別だから』という理由がつきます。全部が特別になった結果が、値崩れです。
もう一つ。追う判断が正しいこともあります。相手が一時的な販促ではなく構造的に安く作れるようになった場合、こちらの原価構造を変えるしかありません。見るべきは相手の価格ではなく、相手がなぜその価格を出せるのかです。ここを確かめずに追うのも、追わないのも、どちらも賭けになります。
MAGNETで伴走する場合、値下げへの対抗策を考えるところから入りません。主要取引先を三つに分け、③の先に理由を聞きに行くところから始めます。ここが埋まらないと、追う追わないの比較ができません。
そのうえで、追随した場合の粗利減と、追随しない場合の失注見込みを並べる。数字が出てしまえば、判断は会議で揉める話ではなくなります。価格の設定や取引条件の変更については、関係法令および既存の契約に照らした確認とセットで進めます。
まずは無料の差別化診断で、いま自社が価格以外で選ばれているかを確かめてみてください。結果を見ながら、最初に理由を聞きに行く一社を一緒に選びます。
※本記事に登場する会社および経緯は、中小企業の現場でよくある状況をもとに構成した想定事例であり、特定の企業の実例ではありません。本文中の数値はいずれも説明のための仮設例です。価格の設定および取引条件の変更にあたっては、競争法その他の関係法令および既存の契約内容に照らして個別にご確認ください。