値上げの根拠を聞かれて、原価の内訳を出す会社があります。材料費がこれだけ上がった、電気代がこれだけ上がった。誠実な説明ですが、相手の反応は想定と違います。
原価を出すと、相手は原価を下げる提案を考え始めます。『材質を変えられないか』『この工程を省けないか』。こちらが開示した内訳が、そのまま値切りの地図になります。
もう一つの問題は、原価の話は他社と同じになることです。材料費が上がっているのは全社共通です。だから『どこも上がっているから仕方ない』という受け取り方で終わり、なぜこの会社がこの値段なのかは一つも伝わりません。
説明に使うべきは、原価ではありません。その値段になるまでに、何を選んだかです。
同じものを作る方法は、ふつう複数あります。その中から自社が選んだものに、値段の理由があります。
①設計上の選択。公差を厳しく取っている、安全率を高く設定している、材質を上の等級にしている。選ばなければ安くできた、という事実とセットで語ります。
②工程の手数。検査を何回入れているか、途中で止めて確認する箇所がいくつあるか、仕上げに何工程かけているか。手数は数えられます。
③やらないことによる手数。これが見落とされます。無理な短納期を受けない、仕様未確定で着手しない。結果として手戻りが発生しないぶんが、価格に含まれています。
この三つは、どれも他社と違う部分です。原価と違って、横並びになりません。
長い説明は使われません。営業が口で言える長さにします。
一行目:選んだこと。『当社は公差を図面の半分で管理しています』
二行目:その結果どうなるか。『組み付け時の調整がほぼ発生しません』
三行目:選ばなければどうなるか。『緩い管理なら単価は下げられますが、調整の手間が御社側に出ます』
三行目が要点です。安い選択肢が存在することを、こちらから示します。隠すと、相手は他社の安い見積を見たときにこちらが高いだけだと判断します。示しておけば、何を買っているかの比較になります。
①主力商材を一つ選ぶ。全商材は要りません。
②その商材で、他社と違う選択を三つ書き出す。設計、工程、やらないこと。現場に聞くのが速い。見積担当より、作っている人のほうが知っています。
③それぞれを三行にする。選んだこと、結果、選ばなかった場合。
④見積書に一行、口頭に三行。見積書には結論の一行だけ入れ、詳細は聞かれたら話す形にします。見積書を説明書にすると読まれません。
価格の表示や説明の仕方については、関係法令および自社の契約条件に照らした確認が必要です。効果や優位性を断定する表現には注意が要ります。
BEYONDはコンサルティング会社ではなく、自分たちで複数の事業会社を経営している集まりです。この作業は各社でやりました。
いちばんの発見は、現場は理由を知っていて、営業は知らなかったことです。なぜこの工程が入っているのかを作業者は説明できるのに、値段を提示する人がそれを聞いたことがなかった。説明が作れないのは、材料がないからではなく、社内で渡っていないからでした。
そして実際に使ってみて分かったのが、三行目が相手の態度を変えることです。安い方法を示すと、値切りの話が『どちらを買うか』の話に変わります。値引き交渉が仕様の相談になったのが、いちばん大きな変化でした。
失敗したのは、選択を五つ以上並べたときです。全部が強みに見えて、何も残りませんでした。三つが上限でした。
MAGNETで伴走する場合、価格表の見直しから入りません。主力商材を一つ選び、作っている人に『なぜこの工程が入っているのか』を聞くところから始めます。ここに説明の材料が全部あります。
そのうえで、三つの選択の絞り込み、三行の文面、見積書と口頭の使い分けまで。選ばなかった安い方法を併記するのが設計の核です。表示については関係法令の確認とセットで進めてください。
まずは無料の差別化診断で、いま自社の輪郭がどれくらい伝わっているかを確かめてみてください。結果を見ながら、最初に理由を言語化する一商材を一緒に選びます。
※背景データは、日本銀行が2026年10月1日に公表した全国企業短期経済観測調査(2026年9月調査)において、中小企業製造業の仕入価格判断DIが71で6月調査の76から5ポイント低下したこと、販売価格判断DIが41で6月調査の40から1ポイント上昇したこと、業況判断DIが14で6月調査の9から5ポイント改善したことを参照しました。同調査は企業の判断を指数化したものであり、個別企業の価格転嫁の状況を示すものではありません。本文中の金額および手順は、よくある状況をもとにした一般的な整理です。価格の表示および説明にあたっては、関係法令および自社の契約条件に照らして個別にご確認ください。