従業員36名の住宅設備会社。毎週の幹部会議には、社長と部長三人、それに経理の責任者が出ていました。
ある週の議題は三つ。新しい工具の購入、求人媒体の切り替え、クレーム対応の方針。どれも大きな話ではありません。
ところが会議は三時間かかりました。工具の購入では五人全員が意見を言い、最後に社長が『まあ、いいんじゃないか』と言って終わった。決まったのかどうかが曖昧なまま、翌週に同じ議題が再び出ました。
転機は、部長の一人が言った一言です。『この話、私が決めていいんですか』。社長が答えに詰まりました。決めていいとも、だめとも、決めていなかったのです。
この会社には、金額による決裁の規程がありました。ところが使われていませんでした。理由は二つです。
①金額だけで分けていた。50万円以上は社長、という形です。ところが実務で迷うのは金額の大小ではなく案件の種類でした。10万円の求人媒体の切り替えは、金額は小さいが影響が広い。金額軸だけでは、迷う案件が全部社長に来ます。
②決裁と相談が混ざっていた。部長が社長に持ってくるとき、決裁を求めているのか意見を聞きたいのかが不明確でした。社長はどちらも同じ熱量で答えるので、結果として全部が社長案件になります。
この会社が作ったのは、A4一枚の表です。縦に案件の種類、横に金額帯を置きました。
種類は六つに絞りました。設備・備品の購入、外注先の選定、採用と求人、価格と見積条件、クレーム対応、人の配置。それ以上は作りません。
金額帯は三つ。10万円未満、10万円以上100万円未満、100万円以上。
マスに入れるのは、決定者の役職名を一つだけです。『部長と社長で協議』は書きません。協議と書いたマスは、決まっていないマスと同じになるからです。
そして金額が小さくても社長が決める欄を作りました。価格と見積条件は、金額に関係なく社長。影響が広い種類は、金額軸から外します。
表と同時に決めたのが、持ってくるときの言い方です。二つだけ用意しました。
『ご決裁をお願いします』。表で社長のマスに入っている案件。社長が決めます。
『ご意見をいただきたいのですが、決めるのは私です』。表で部長のマスに入っている案件。意見は聞くが、決定は持ち帰る。
この二つを言い分けるだけで、社長の答え方が変わりました。後者には『私はこう思うが、君が決めてくれ』と答えられる。言葉が分かれていなければ、この答え方はできません。
二つ起きました。
一つ目、社長が差し戻した。部長が決めた外注先の選定に、社長が後から口を出した。これをやると、表は一度で死にます。この会社では、社長が自分で『口を出すなら、表を書き換える』と宣言して止めました。
二つ目、不在のときに止まった。決定者が一人に固定されているので、出張や休みで動かない案件が出ました。対応は、マスごとに代理を一人書いておくこと。代理が決めた案件は、戻ってから報告するだけと決めました。
なお、職務権限の規程の整備や取締役会の決議事項の扱いは、会社法その他の関係法令と自社の定款に関わります。この一枚は社内の運用表であり、法令上の決議事項の整理は顧問の専門家にご確認ください。
三か月後、幹部会議は40分で終わるようになりました。議題の数は変わっていません。
変わったのは中身です。決定者が決まっている議題は、報告と確認だけで終わる。議論するのは、表のどのマスにも入らない新しい種類の案件だけになりました。
そして、そのどのマスにも入らない案件を、表に足していくのが会議の仕事になりました。表は半年で一度書き換えられています。
BEYONDはコンサルティング会社ではなく、自分たちで複数の事業会社を経営している集まりです。この表は各社で持っています。
私たちの失敗は、最初に種類を細かく分けすぎたことでした。十二種類に分けた結果、どの種類に当たるかで議論が起きた。六つが上限でした。
そして分かったのは、社長が手放せない種類が何かが、この表で露わになるということです。全部のマスを社長にしたくなる種類がある。そこがその会社で最も属人的な部分です。表を書く作業は、権限の整理であると同時に、社長自身の棚卸しになりました。
NORTHで伴走する場合、規程の文面から入りません。直近の会議で三十分以上かかった議題を書き出し、種類に畳むところから始めます。実務で迷っている種類しか、表に書く意味がありません。
そのうえで、金額帯の切り方、金額軸から外す種類の選定、代理の指名、そして持ちかける言葉の二択まで。差し戻したら表を書き換えるという約束も、最初に決めます。
規程の整備と法令上の決議事項の整理は、顧問の専門家への確認とセットで進めてください。
まずは無料の経営理念・浸透度診断で、会社の旗と日々の判断がどれくらい噛み合っているかを確かめてみてください。結果を見ながら、最初に書く一種類を一緒に選びます。
※本記事に登場する会社および経緯は、中小企業の現場でよくある状況をもとに構成した想定事例であり、特定の企業の実例ではありません。本文中の金額・数値はいずれも説明のための仮設例です。職務権限に関する規程の整備および取締役会の決議事項の取扱いについては、会社法その他の関係法令および自社の定款に照らして、顧問の専門家にご確認ください。