従業員44名、創業52年の製造業。二代目社長と、専務である弟、経理を見る社長の配偶者という体制です。
問題になったのは、会社名義の車でした。社長が日常的に使い、家族の用事にも使っている。専務が『あれは会社の車ですよね』と言った一言から、役員会が三時間止まりました。
争点は金額ではありません。年間の費用で言えば些細な額です。もめたのは、決め方がどこにもなかったことでした。誰が判断するのか、基準は何か。答えがないので、議論はそのまま『昔からそうだった』『それはおかしい』の応酬になりました。
この会社は、数年前に会議体を整理しています。家族会議と役員会を分け、社内では役職名で呼ぶと決めた。それでも、この一件は起きました。
この会社に足りなかったのは、判断の基準ではなく、判断すべき対象の一覧でした。
公私が混ざる場所は、実はそれほど多くありません。整理すると三つです。資産・人事・金。
そして厄介なのは、どれも普段は表に出ないことです。日常業務では誰も困りません。困るのは、代替わりのとき、業績が落ちたとき、そして誰かが不満を口にしたときだけ。出てきたときにはすでに感情がついているので、そこから基準を作るのは難しくなります。
この会社が作ったのは、A4一枚の取り決めでした。
①資産。会社名義の不動産・車両・保険について、誰が使うか、私的利用の扱い、名義変更の手続きを決めました。車については、私的利用分を按分して負担する方式に統一。金額の多寡より、方式が書いてあることが重要でした。
②人事。親族の採用について、入社の条件、配属、評価、給与の決め方を書きました。この会社が入れたのは『他社で3年以上の勤務経験があること』という一文です。守れるかどうか自信はなかったが、書いていないよりはるかにましだと判断した。
③金。役員報酬の決定手続き、役員貸付金の扱い、経費の線引き。貸付金については、残高を毎期の役員会で報告すると決めただけです。解消の計画までは書きませんでした。
いずれも、税務や労務の取扱いは顧問税理士と社会保険労務士に確認したうえで文面を固めています。
この会社でも起きました。『自分が疑われているのか』という反応です。
これは、書く順番で和らぎます。現在のやり方を否定する形で書かないこと。『今後はこうする』ではなく、『これまで明文化していなかったものを文章にする』という立て付けにする。
もう一つ効いたのが、社長自身に関する項目から書き始めたことでした。他の親族の話から入ると、必ず反発が出ます。いちばん裁量の大きい人の線引きを最初に書く。これで、取り決めの性格が監視ではなく整理に変わりました。
そして、全部をいきなり厳しくしない。最初の版は、報告するとだけ決めた項目がいくつもあります。報告が続けば、次の版で基準を入れられます。
取り決めができて、もめごとが消えたわけではありません。変わったのは、もめる時間でした。
同種の議題が出たとき、参照する紙がある。書いていなければ『これは書いていないので、今回決めて追記する』と処理できます。三時間かかった議論が、十分で終わるようになりました。
もう一つ、予想外の効果がありました。非親族の幹部の態度が変わったことです。親族の採用と処遇の基準が文章になったことで、自分たちの評価も同じ土俵で行われると受け取られた。取り決めは親族のためのものでしたが、効いたのは社内全体でした。
BEYONDはコンサルティング会社ではなく、自分たちで複数の事業会社を経営している集まりです。同族で回している会社もあります。
私たちの経験で言うと、いちばん後回しにされるのは金の項目です。資産や人事は、まだ話しやすい。役員貸付金や経費の線引きは、話題にすること自体が失礼だという空気になります。
それでも、承継や金融機関との対話で必ず出てくるのはこの項目です。外から指摘される前に自分たちで書いておくほうが、圧倒的に楽です。
そして書く時期について一つだけ。業績が良いときに書いてください。悪くなってから線を引こうとすると、必ず誰かを責める話になります。余裕のある時期に書いた紙だけが、余裕のない時期に効きます。
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▶ 経営理念・浸透度診断をはじめる 無料で相談するNORTHで伴走する場合、理念やガバナンスの議論から入りません。資産・人事・金の三つについて、いま明文化されていない項目を洗い出すところから始めます。たいてい、20項目前後に収まります。
そのうえで、社長自身の項目から順に文面を作り、初版は報告のみで足りる項目を切り分ける。税務・労務の取扱いは顧問税理士および社会保険労務士への確認とセットで進めます。
そして半年後に二版目を作る。一枚目を完璧にしようとすると、永久に出来上がりません。
まずは無料の経営理念・浸透度診断で、会社の旗と日々の判断がどれくらい噛み合っているかを確かめてみてください。結果を見ながら、最初に書く一項目を一緒に選びます。
※本記事に登場する会社および経緯は、中小企業の現場でよくある状況をもとに構成した想定事例であり、特定の企業の実例ではありません。本文中の数値はいずれも説明のための仮設例です。役員給与・役員貸付金・社用資産の私的利用に関する税務上の取扱い、および親族の雇用に関する労務上の取扱いについては、顧問税理士および社会保険労務士に必ずご確認ください。