従業員38名の物流会社。退職のたびに社長が面談し、理由を記録していました。3年で9人が辞め、記録に残った理由は『家庭の事情』が4件、『キャリアチェンジ』が3件、『体調』が2件。
この記録を見て、社長は『うちに問題があるわけではない』と判断していました。会社を批判する言葉が一つも出ていないからです。
転機は、辞めた社員の一人と半年後に街で会ったときでした。雑談のなかで出てきたのは、記録にない話でした。特定の班のシフトの組み方、一人にだけ集中していた電話対応、二年前から言い続けて変わらなかった一点。
社長が聞いたのは『なぜ面談のときに言わなかったのか』。返ってきたのは『言っても、残る人が気まずくなるだけだと思って』。
在職中の退職面談には、構造的な制約が三つあります。
①聞き手が利害関係者。社長や直属の上長が聞くと、本人は評価する側に話していることになります。最後の給与も、離職票も、場合によっては次の職場への照会も相手の手にあります。
②その場で終わらせたい。話が長くなれば引き止めが始まるかもしれない。本人にとって最短で終わる答えが、当たり障りのない理由です。
③まだ整理がついていない。辞める決断の直後は、本人の中でも理由が言語化されていません。後から振り返ってはじめて、決定的だった一点が分かることがあります。
この会社が変えたのは三点でした。
①時期をずらす。退職から一か月後に連絡する。新しい職場に入って、比較する材料ができた頃です。早すぎると整理がつかず、遅すぎると記憶が薄れます。
②聞き手を変える。社長ではなく、その人の直属ではなかった管理職が聞く。利害が薄いぶん、話しやすくなります。
③連絡の仕方を決める。退職時に『一か月後に一度お話を伺いたい』と伝えて同意を得ておく。突然の連絡は警戒されます。本人が断れる形にしておくことも要件です。
形式は、電話で20分。訪問も食事も不要です。重くすると、頼む側も受ける側も身構えます。
『会社の改善点は』と聞くと、また当たり障りのない答えに戻ります。本人の行動を時系列で聞くのが要点です。
『最初に転職を考えたのはいつごろですか』。決定的な出来事より、始まった時期を聞きます。ここが分かると、それまでに打てた手が見えます。
『そのとき、何が起きていましたか』。時期を特定してから、内容を聞く。逆順だと記憶が曖昧になります。
『いま思うと、何が変わっていれば残っていましたか』。過去の不満ではなく、条件の話として聞く。答えが具体的な一点で返ってくることが多い問いです。
『新しい職場で、うちと一番違うところは何ですか』。比較があるからこそ出てくる情報です。この問いは在職中には成立しません。
ここを外すと、二人目から協力が得られません。
①個人名を記録に残さない。誰が誰について言ったかは残さず、事象として書く。『特定の班でシフトの負荷が偏っている』のように。
②一件では動かない。一人の話で人事を動かすと、話した本人に跳ね返ります。三件以上で同じ箇所が出たら手を入れるという基準を先に決めておきます。
③半年に一度まとめて見る。個別に対応するのではなく、溜めて傾向を見る。この扱いを退職者にも説明しておくと、話してもらいやすくなります。
なお、退職者への連絡と情報の取り扱いは、本人の同意を得たうえで、関係法令と自社の規程に照らして行ってください。
この会社は一年で三人にこの聞き取りをしました。出てきた内容で、二件が同じ箇所を指していました。シフトの組み方です。
在職中の面談では一度も出なかった項目でした。そして社長は問題だと思っていなかった。負荷が偏っていることは把握していたが、本人たちが納得していると考えていたからです。
変えたのはシフト表の作り方ひとつです。それが辞める理由の上位だったと知らなければ、手を入れる順番の何番目にも来ていませんでした。
BEYONDはコンサルティング会社ではなく、自分たちで複数の事業会社を経営している集まりです。この聞き取りは、各社で回しています。
いちばん抵抗があったのは、聞く側でした。『辞めた人に連絡するのは気まずい』。実際にやってみると、断られたのはごく一部で、多くは丁寧に答えてくれました。辞めた側にも、伝えたかったことが残っているということです。
もう一つ。聞き取りをした相手のうち、数人が後に別の形で関わってくれています。紹介、業務委託、出戻りの検討。辞め方を丁寧に扱うと、関係が終わりません。情報収集のつもりで始めたことが、別の効果を持ちました。
PACKで伴走する場合、退職率の分析から入りません。次に辞める人に、退職時に何を伝えて同意を得るかを決めるところから始めます。ここが決まっていないと、一か月後の連絡が成立しません。
そのうえで、聞き手の選定、四つの質問、記録の残し方、三件以上で動かすという基準まで。半年後に溜まった記録を一緒に読むところまでを設計に含めます。
まずは無料の組織体力診断で、いま組織のどこに負荷と抜けが溜まっているかを確かめてみてください。結果を見ながら、最初に整える一項目を一緒に選びます。
※本記事に登場する会社および経緯は、中小企業の現場でよくある状況をもとに構成した想定事例であり、特定の企業の実例ではありません。本文中の数値はいずれも説明のための仮設例です。退職者への連絡および個人情報の取り扱いについては、本人の同意を得たうえで、関係法令および自社の規程に照らして実施してください。