課長になったのは、現場で一番数字を持っていた33歳の社員でした。社長の意図は明快です。自分の代わりに現場を見てほしい。ところが3か月で、三つのことが同時に起きました。
一つ、本人の生産量が落ちた。部下の相談に応じる時間が増えた分、自分の担当が回らない。それでも数字の責任は残っているので、結局夜と土曜で埋めるプレイングマネージャーになりました。二つ、部下が課長を飛ばした。困ったら今までどおり社長に聞くほうが早いからです。三つ、本人が『前のほうが良かった』と言い出した。手取りはほぼ変わらず、責任だけが増えた実感しかない。
ITエンジニアを対象とした別の調査では、管理職になりたくない理由の最多が業務量や責任が増える割に報酬が見合わない(54.7%)、次が上司と部下の板挟みのストレス(44.8%)でした。職種は限られた調査ですが、この会社で起きたことと綺麗に重なります。周りの社員は、その姿を毎日見ています。次の課長候補は、この時点でもういなくなりました。
この会社が渡したのは、名刺の肩書きと『現場を見てくれ』という曖昧な期待だけでした。渡していないものが三つあります。決めていい範囲、手放していい仕事、そして報酬の裏づけです。
とくに大きいのが一つ目です。部下が課長を飛ばして社長に聞くのは、部下が悪いのではありません。課長が何をどこまで決めていいのかを、誰も知らなかったから。決裁の線が引かれていない組織では、全員が最短経路である社長に向かいます。肩書きは、権限が伴ってはじめて機能します。
私たちBEYONDは、外から助言するコンサルではなく、中小企業同士が連合して複数の実業を回している当事者です。自分たちで人を引き上げてきて痛感するのは、中間管理職が育たない会社の原因は、候補者の資質ではなく渡し方にあるということ。優秀な人ほど、準備のない肩書きを渡されると疲弊して離れます。
冒頭の調査の落差が、本質を突いています。現管理職の約6割は続けたいのに、一般社員の6割以上はなりたくない。中に入れば意味も手応えもあるのに、外からは損な役回りにしか見えていない。この差は、やりがいを語って埋まるものではありません。埋まるのは、権限・仕事量・報酬という具体を先に整えたときだけです。
そしてもう一つ。中間管理職を置く本当の目的は、社長の負担軽減ではありません。社長がいなくても判断が下りる場所を、社内に一つ増やすことです。だから最初に渡すべきは仕事ではなく、決めていい範囲。ここを逆にした瞬間、課長は『社長の伝令役』になり、誰もなりたがらない役職が一つ増えるだけになります。
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※背景データは、現管理職の約6割が引き続き管理職として働く意思を持つ一方で一般社員の6割以上は管理職になりたくないと回答=株式会社リクルートマネジメントソリューションズ『管理職のあり方に関する実態調査』(2026年2月24日発表)、管理職になりたくない理由として業務量や責任が増える割に報酬が見合わない54.7%・上司と部下の板挟みのストレス44.8%=株式会社キッカケクリエイション『25〜39歳のITエンジニアに聞いた管理職離れの実態』(2026年6月公表、対象はITエンジニアに限定)を参照しました。本文中の会社・数字は、よくある状況をもとに構成した想定事例です。