従業員31名の食品加工会社。社長は面倒見がよく、現場に下りては『助かったよ』『よくやってくれた』と声をかける人でした。
ところが定着は悪く、入社1年未満の退職が続いていました。退職面談で出てきたのは『自分の仕事が会社にどう役立っているのか分からなかった』という言葉です。
社長には心当たりがありませんでした。褒めていたからです。しかし褒めていた相手は、たまたま現場に下りたときにそこにいた人だけでした。夜勤の担当者、事務、配送。社長の動線から外れた場所には、一度も届いていなかった。
この会社に足りなかったのは、褒める気持ちでも語彙でもありません。場面です。
褒める行為を個人の心がけに任せると、三つのことが起きます。①忙しい時期に止まる。②声の届く範囲だけになる。③褒められた事実が本人以外に残らない。
三つ目が、実は重い。人前で認められることと、個別に言われることは、受け取り方がまったく違います。個別の『ありがとう』は嬉しいが、社内での立場は変わりません。周囲が知っている状態になって初めて、本人の働きやすさが変わります。
この会社が決めたのは、次の四つだけでした。
①毎朝の朝礼の最後に3分の枠を置く。時間を延ばさず、連絡事項を削って捻出しました。
②話すのは、前日にあった具体的な行動を一件。人柄ではなく行動です。『丁寧な人』ではなく『昨日の午後、Aさんが出荷前に箱の破損に気づいて止めた』。
③話す人を当番制にする。社長だけが話すと、社長の視野の範囲に戻ります。各部署の担当が順番に回すことで、見える範囲が広がりました。
④夜勤と外勤の分は、翌日の朝礼で読み上げる。動線から外れる人を、仕組みで拾う。ここが最初の問題への直接の答えでした。
正直に書くと、立ち上がりは失敗しています。
一つ目、ネタが尽きました。1か月ほどで『特にありません』が出るようになった。原因は、大きな成果を探していたことです。基準を下げ、失敗を防いだ行動や手間を引き受けた行動まで含めると決めてから、途切れなくなりました。
二つ目、同じ人ばかりになりました。目立つ仕事をしている人に集中する。当番が誰を話したかを記録し、一巡するまで同じ人を二度話さないという縛りを追加しました。
三つ目、褒められる側が気まずがりました。人前で名前を呼ばれることに慣れていない。ここは本人に向かって言うのではなく、全員に向けて事実を報告する形に変えたことで和らぎました。称賛ではなく、共有です。
定着率の数字が動くには時間がかかりますが、その前に起きた変化がありました。現場同士の報告が増えたことです。
朝礼で話すネタを探すために、当番は前日の他部署の動きを見るようになりました。見るようになると、話しかけるようになります。結果として、褒める仕組みが部署間の情報共有の仕組みとして働き始めました。
そして評価制度の議論は、このあとに始めています。順番が逆だったら、また形だけの制度になっていたというのが社長の言葉でした。日々どんな行動を良しとしているかが先に共有されていたので、評価項目の議論が具体的になったのです。
BEYONDはコンサルティング会社ではなく、自分たちで複数の事業会社を経営している集まりです。この種の枠は、グループ各社でも形を変えて置いています。
私たちの経験で言うと、枠は既存の集まりに足すのが鉄則です。新しく会を作ると、その会自体が業務の負担になって消えます。朝礼、週次のミーティング、月次の全体会。すでに人が集まっている場所の、最後の3分。これ以上のことをやろうとすると続きません。
もう一つ。褒める内容を記録に残しておくと、後で効きます。半年分を見返すと、その会社が実際に何を良しとしてきたかが並んでいる。理念や評価項目を言葉にするとき、これ以上に確かな材料はありません。制度を先に作る会社が形骸化しやすいのは、この材料を持たないまま書き始めるからです。
PACKで伴走する場合、制度設計から入りません。すでにある集まりのどこに3分を足せるかを一緒に探すところから始めます。当番の回し方、話す内容の基準、動線から外れる人の拾い方。ここまでを一枚にまとめれば、翌週から回せます。
そして重要なのは、二か月後にもう一度見ることです。ネタ切れ、偏り、気まずさ。この三つは必ず出ます。出たときに直せる形にしておくのが、続く仕組みの条件です。
まずは無料の組織体力診断で、いま組織のどこに負荷と抜けが溜まっているかを確かめてみてください。結果を見ながら、最初に3分を足す場所を一緒に決めます。
※本記事に登場する会社および経緯は、中小企業の現場でよくある状況をもとに構成した想定事例であり、特定の企業の実例ではありません。本文中の数値はいずれも説明のための仮設例です。賃金・評価に関わる制度変更を行う場合の手続については、社会保険労務士等にご確認ください。