従業員41名の金属加工会社。新しい加工機を導入し、まず入社3年目の若手2人に講習を受けさせました。若い人のほうが覚えが早いという判断です。
三か月後、その機械を動かせるのは相変わらず2人だけでした。他の社員は近寄らない。とくに現場を仕切っている職長層が、一度も触っていなかった。
理由を聞くと、返ってきたのはこうです。『若い連中に聞くのは、まあ、なんだ』。それだけです。能力の問題でも意欲の問題でもありません。
そして本当の問題は別のところに出ていました。職長が段取りを組めないので、新しい機械が計画に入ってこない。稼働率が上がらないまま、償却だけが進みました。
この会社が見落としていたのは、学ぶという行為が、立場の話でもあるということでした。
長く現場を持っている人にとって、知らない状態を人前で見せること自体が負担です。それは意地でもプライドでもなく、その人が現場で機能するために必要だった役割の裏返しです。分からないことを聞ける立場にいないから、頼られている。
そして若手から教わる形にすると、この立場が一時的に逆転します。逆転を避ける唯一の方法が、近寄らないことでした。
つまり、覚えない理由は本人の中ではなく、設計の中にありました。
次の設備を入れるとき、この会社は順番を変えました。
①メーカーの講習に、58歳の職長が一人で行く。同行者なし。人前で知らない状態になる場面を、社内から外に移しました。
②戻ってきたら、若手2人に教える役をお願いする。教えるためには自分が分かっている必要があります。学ぶ動機を、役割の形で渡したということです。
③教える時間を工数として扱う。空き時間にやってくれ、ではなく、作業として時間を確保しました。
④分からない箇所はメーカーに直接聞ける段取りをつけた。社内で聞かなくて済む窓口を用意する。ここが効きました。
初回は完全にうまくいったわけではありません。二つ直しています。
一つ目、講習から戻るまでの期間が長すぎた。二週間空いたところ、記憶が薄れて教えられる状態になっていなかった。戻った翌日に教える場を入れると決め直しました。
二つ目、教える相手を3人にしてしまった。質問が同時に来て対応できず、本人が自信を失いかけた。最初は一人。慣れてから増やします。
そして、やらなかったことが一つあります。習得を評価に結びつけなかった。評価が絡むと、できないことを隠す方向に働きます。この段階で必要なのは、失敗しても構わない期間です。
半年で、その機械を動かせる人は7人になりました。職長が段取りに組み込むようになったので、稼働率も上がっています。
ただ、本当の変化は別にありました。職長自身が、他の新しいものにも手を出すようになったことです。表計算の関数、図面のデータ、受注管理の画面。一度学ぶ側に立った経験が、次の敷居を下げた。
そして若手の側にも変化がありました。職長から教わったことで、その機械について職長に相談する流れができた。若手2人だけが分かっていた状態では、この相談は発生していませんでした。
BEYONDはコンサルティング会社ではなく、自分たちで複数の事業会社を経営している集まりです。新しいものの導入は、どの会社でも同じ壁に当たりました。
私たちが決めているのは、新しいものを入れるときは、いちばん現場を握っている人に最初に渡すということです。効率は悪い。習得に時間がかかります。それでも、広がる速度は結果的に速い。
失敗したのは、この設計を全員に一律に当てたときでした。人によっては、若手と一緒に学ぶほうが気楽だという人もいます。誰が何を負担に感じるかは、本人に聞くしかありません。一律の設計は、別の人の負担を作ります。
もう一つ。教える役を渡すやり方は、覚えてほしい中身が具体的な場合にしか効きません。機械の操作やソフトの使い方は向いています。考え方や姿勢のような抽象的なものを『教えてください』と渡すと、本人が何をすればいいか分からず止まります。渡せるのは、手順があるものだけです。
PACKで伴走する場合、研修の内容から入りません。次に入れる設備やソフトについて、誰に最初に触ってもらうかを決めるところから始めます。ここを変えるだけで、広がり方が変わります。
そのうえで、社外で学ぶ段取り、戻った翌日に一人へ教える場、教える時間の工数化、社内で聞かずに済む窓口まで。評価に結びつけない期間を明示することも設計の一部です。教育訓練の方法や処遇への反映については、自社の規程と労働関係法令に照らした確認とセットで進めてください。
まずは無料の組織体力診断で、いま組織のどこに負荷と抜けが溜まっているかを確かめてみてください。結果を見ながら、最初に渡す一人を一緒に選びます。
※本記事に登場する会社および経緯は、中小企業の現場でよくある状況をもとに構成した想定事例であり、特定の企業の実例ではありません。本文中の年齢・数値はいずれも説明のための仮設例です。教育訓練の実施方法および処遇への反映については、自社の規程および労働関係法令に照らして個別にご確認ください。