公表されたのは全国の消費生活センター等に寄せられた相談の集計で、個別の企業への苦情件数ではありません。それでも読み取れることがあります。不満を言う先が、事業者本人から外部に移りつつあるということです。販売購入形態別では、通信販売が約4.6万件増えました。顔の見えない取引が増えれば、言う相手も会社ではなくなります。
裏返すと、いまも会社に直接言ってくる顧客は、外に出さずに済ませてくれた顧客です。関係が続いている証拠でもある。ところが多くの会社で、この直接届いた不満はその場で謝って処理され、記録に残りません。
残らなければ、集まらない。集まらなければ、そこに共通する要望があったかどうかを誰も判断できません。事業の種は、たいていこの捨てられた側にあります。
不満の記録というと苦情対応を思い浮かべますが、事業の種としてはもう一つのほうが濃い。断った依頼です。
『それはうちではできません』と答えた瞬間、そこには二つの情報があります。顧客が困っていたという事実と、自社に依頼が来るくらいには近い領域だという事実。この二つが揃っている材料は、市場調査を買っても手に入りません。相手はすでに、お金を払う気でこちらに来ているからです。
それなのに、断った依頼はほぼ100%記録されません。受注しなかった案件は、多くの会社で数字に残らないからです。受注管理は受けたものだけを残し、断ったものは会話ごと消えます。
同じ断り方を月に何度も繰り返しているのに、誰もその回数を知らない。回数を知った瞬間に、判断が変わることがあります。
仕組みは軽いほうがよい。重くすると、書く人が先に脱落します。
①一行で書く場所を一つ決める。日付・相手・内容・断った理由。表計算でもチャットの専用チャンネルでも構いません。場所が二つあると、どちらにも溜まりません。
②営業と現場の両方から集める。断るのは営業だけではありません。納品後に『ついでにこれもお願いできる?』と言われて断っているのは、たいてい現場です。
③月に一度、30分だけ読む。分析しません。読むだけです。同じ内容が三回以上出てきたものに印をつける、それだけを決めごとにします。
④三回以上のものを、四半期に一つだけ検討する。全部やろうとすると何も進みません。一つに絞ることが、続ける条件です。
印がついた依頼を前にして、いきなり『新規事業として成立するか』を考えると止まります。先に確かめるのは、断った理由のほうです。
断った理由は、だいたい三つに分かれます。設備や資格がない。人手が割けない。利益が出なさそう。
このうち二つ目は、いちばん手をつけやすい。設備投資も許認可も要らず、段取りの問題だからです。三つ目は価格の問題なので、断った相手に改めて価格を提示してみるだけで検証できます。一つ目だけが本当の投資判断になります。
そして検証の相手は、すでに断った顧客です。新規開拓の必要がありません。『あのとき断った件、こういう形なら受けられます』と伝えて反応を見る。これ以上に安く、速い需要検証はありません。
BEYONDはコンサルティング会社ではなく、自分たちで複数の事業会社を経営している集まりです。断った依頼の記録は、グループ内でも定着させるのに時間がかかりました。
うまくいかなかった理由ははっきりしています。最初に項目を増やしすぎた。断った理由を選択式にし、金額の見込みまで書かせようとして、二か月で誰も書かなくなりました。一行に戻してから続くようになったのは、書く側の負担が想像以上に効くということです。
もう一つ気づいたのは、断った記録が溜まると、断ることへの罪悪感が減ることでした。断った件が資産として残るなら、断るのは損失ではなくなります。結果として、無理な受注が減りました。事業の種を探す仕組みが、受注の質を整える働きもした。これは想定していませんでした。
SEEDで伴走する場合、市場調査から入ることはほとんどありません。最初にやるのは、断った依頼を集める場所を一つ決めることです。三か月分も溜まれば、たいていの会社で同じ依頼が三回以上出てきます。
そのうえで、断った理由の分類、いちばん手をつけやすい一つの選定、そして断った相手への再提示による検証まで。新しい市場を探す前に、すでに来ていた依頼を取りこぼしていないかを確かめます。
まずは無料の新規事業の種・診断で、自社のなかに眠っている種がどこにあるかを確かめてみてください。結果を見ながら、最初に記録を始める一か所を一緒に決めます。
※背景データは、国民生活センターが2026年8月5日に公表した2025年度の全国の消費生活相談の状況(PIO-NET)にもとづき、2025年度の相談件数が1,006,377件、2024年度の913,355件に比べ約9万件増加したこと、販売購入形態別では通信販売が約4.6万件増加したことを参照しました。同データは全国の消費生活センター等に寄せられた相談を集計したものであり、個別企業への苦情件数を示すものではありません。本文中の運用手順は、よくある状況をもとにした一般的な整理です。