サンプルを無償で送ると、相手の社内では何の手続きも発生しません。稟議もなければ、予算の消化もない。担当者の机の上に置かれ、他の業務に押されて順番が下がります。
一方、少額でも支払いが発生すると話が変わります。社内で承認を取る必要が出て、承認した以上は結果を報告する必要が出る。この瞬間に、評価の期限が生まれます。
つまり、有償化が生んでいるのは売上ではなく、相手の社内の締切です。ここを取り違えると、『数千円取っても意味がない』という結論になります。金額ではなく、手続きを発生させることに意味があります。
出す側にも三つの損失があります。
一つ目、本気度が測れません。とりあえずもらっておく相手と、真剣に検討している相手が、同じ行動をとります。営業は全件を同じ熱量で追いかけることになります。
二つ目、製造や現場が疲弊します。試作は通常の生産ラインを止めて作ることが多い。売上にならない作業が積み上がると、現場は優先順位を下げます。結果、本当に急ぐ案件のサンプルも遅くなる。
三つ目、次の値決めに響きます。無償で出したものは、相手の中で価値ゼロとして記録されます。本番で同じものを有償で出すときに、説明が必要になります。
有償化の反発は、ほぼ一点に集中します。『他社は無料なのに』。
これに対する答えが、充当です。サンプル代を請求し、本発注をいただいた場合は初回請求額から差し引くと伝える。相手から見れば、発注するなら負担はゼロ、しないなら実費だけ。合理的で、断る理由がありません。
この設計の効果は二つです。発注する気がある相手は抵抗しません。そして発注する気がない相手は、この時点で離れます。営業の時間が、ここで自動的に振り分けられます。
金額は、原価が出るなら原価、出ないなら手間が伝わる程度で構いません。高く設定する必要はなく、ゼロでないことが要件です。
全部を有償にするのは違います。線を引きます。
①こちらから提案した場合。相手が求めていないのに持ち込むなら、費用を求める筋合いはありません。
②量産品の現物確認レベル。カタログにある既製品を一つ送るだけなら、手間は小さい。手間が小さいものまで有償にすると、面倒な会社だと思われるだけです。
③既存客の追加検討。すでに取引があり、支払い実績がある相手は、本気度を測る必要がありません。
逆に、必ず有償にすべきなのは仕様を聞いて作る試作です。相手専用に作るものは、時間も材料も相手のために使っています。ここを無償でやる限り、試作は永遠に売上にならない作業として社内に残ります。
①直近1年のサンプル提供を数える。件数と、そのうち受注に至った件数。ここが出ないと社内が納得しません。
②新規の相手からだけ始める。既存客の条件をいきなり変えると、関係の話になります。
③金額と充当条件を紙に書く。口頭だと営業ごとに揺れます。見積書に一行入れるのがいちばん確実です。
④断られた件数を記録する。有償にして離れた相手が、どれくらい受注につながる見込みだったか。3か月分も溜まれば、判断材料になります。
BEYONDはコンサルティング会社ではなく、自分たちで複数の事業会社を経営している集まりです。試作の無償提供は、グループ内でも長く続いた習慣でした。
数えてみて分かったのは、サンプルを出した案件の受注率が、出さなかった案件と大差なかったことです。出すことが受注に効いているという前提そのものが、確かめられていませんでした。
有償に切り替えたあと、提供件数は半分以下に減り、受注件数はほとんど変わりませんでした。減ったのは、最初から発注するつもりがなかった相手の分です。そして現場の試作対応が減ったことで、本命案件の試作が速く出るようになりました。
もう一つ。有償にしてから、相手が仕様を詰めてくるようになりました。お金を払う以上、無駄なものは頼みたくない。こちらの手間が減ったのは、件数だけが理由ではありません。
SURGEで伴走する場合、営業トークの改善から入りません。まず直近1年のサンプル提供と受注の対応を数えるところから始めます。効いているのかどうかを確かめないまま条件を変えると、社内が納得しません。
そのうえで、有償にする範囲の線引き、金額、充当条件の文面、見積書への反映まで。断られた件数を記録して3か月後に見直すところまでを設計に含めます。
まずは無料の売上診断で、いま売上のどこで案件が止まっているかを確かめてみてください。結果を見ながら、最初に条件を変える一種類を一緒に選びます。
※本記事の手順および金額は、中小企業の現場でよくある状況をもとにした一般的な整理であり、特定の企業の実例ではありません。本文中の数値はすべて説明のための仮設例です。取引条件の変更にあたっては、既存の契約内容および関係法令に照らして個別にご確認ください。