従業員24名の業務用機器の販売会社。半年追っていた案件がありました。
窓口は現場の主任で、最初から前向きでした。デモも通り、課長も同席した打ち合わせで『進めましょう』という言葉が出た。見積も部長決裁の範囲内。営業担当は今月受注と報告していました。
ところが翌月、連絡が来ます。『今回は見送りになりました』。理由を聞いても、はっきりしません。
三か月後、別のルートで分かりました。止めたのは、一度も会っていない管理部門の担当者でした。同種の機器を別部署が去年導入しており、社内標準と違う機種を増やすことに反対したのです。
この会社が追っていたのは、役職の階段でした。主任、課長、部長。上に行けば決まるという前提です。
ところが法人の購買では、役割は縦には並びません。分けると四つです。
①使う人。導入後に実際に触る人。関心は使い勝手と、切り替えの手間。
②決める人。予算の範囲内で採用を決める人。関心は効果と、社内への説明のしやすさ。
③払う人。予算を持つ人、あるいは経理・財務。関心は金額の妥当性と、支払いの時期。
④止める人。情報システム、管理部門、品質保証、法務。推進はしないが、否と言える人です。
この会社は①②を押さえ、③は金額で通っていた。④が空欄だった。それだけの話でした。
やったのは、案件管理に四つの欄を足すことでした。
使う人・決める人・払う人・止める人。それぞれに名前と、一度でも会ったかどうかを書く。書けない欄があるうちは、その案件を受注見込みに入れないと決めました。
そして、聞き方を変えました。『決裁者はどなたですか』は聞きません。この質問は相手に自分の権限を申告させるので、答えにくい。
代わりに聞いたのは三つです。
『この件、社内でどういう順番で回りますか』。手続きを聞く形にすると、答えやすくなります。
『過去に似た案件で、時間がかかった部分はどこでしたか』。止まった経験を聞くと、④が出てきます。
『事前に説明しておいたほうがよい部署はありますか』。これがいちばん効きました。相手に④を教えてもらう形になります。
地図ができたら、同じ資料を全員に配るのをやめます。
使う人には、切り替えの手間。何が変わり、何が変わらないか。覚え直す量がどれくらいかを具体的に示す。
決める人には、社内説明用の一枚。自社の提案書ではなく、相手が社内で回せる形の資料。ここを用意する会社は少ない。
払う人には、支払いの条件と時期。金額の話だけでなく、いつ出ていくか。
止める人には、反対する理由を先に潰す材料。既存環境との関係、規格や基準への適合、保守の体制。会えなくても、窓口経由で渡せます。
この会社の受注率は、一年で大きくは動きませんでした。変わったのは見込みの精度です。
四欄が埋まっていない案件を見込みから外したので、今月受注と報告した案件が落ちることが減りました。営業会議の議題も変わりました。『どうやって押すか』ではなく『どの欄が空いているか』。
そして、失注の理由が分かるようになった。④が誰で、何を懸念したのか。次の案件で同じ懸念が出たときに、先に材料を渡せます。
BEYONDはコンサルティング会社ではなく、自分たちで複数の事業会社を経営している集まりです。売る側と買う側の両方をやっています。
買う側に立って分かったのは、止める側にも悪気はないということです。管理部門は、全社の整合性を守るのが仕事です。説明されていない案件を通すほうがリスクだから止める。順番として当然です。
だから私たちは、売る側では止める人を敵と見ないことにしています。むしろ、早い段階で懸念を出してもらえたほうが速い。最後に出てくると、それまでの半年が無駄になります。
もう一つ。四つの役割を一人が兼ねている会社もあります。小規模な取引先では、社長が全部です。その場合は地図が一行で終わる。埋まらないのではなく、埋まっていると判断できることも、この紙の効果です。
SURGEで伴走する場合、営業手法の研修から入りません。いまの案件一覧に四つの欄を足し、追っている案件のどこが空いているかを見るところから始めます。多くの会社で、止める人の欄がほぼ全件空いています。
そのうえで、三つの聞き方、役割ごとに渡す材料、そして四欄が埋まらない案件は見込みに入れないという運用まで。取引先の社内情報は、守秘義務と自社の規程に照らして扱ってください。
まずは無料の売上診断で、いま売上のどこで案件が止まっているかを確かめてみてください。結果を見ながら、最初に地図を描く一件を一緒に選びます。
※本記事に登場する会社および経緯は、中小企業の現場でよくある状況をもとに構成した想定事例であり、特定の企業の実例ではありません。本文中の数値はいずれも説明のための仮設例です。取引先の社内情報の取り扱いについては、相手方との守秘義務および自社の規程に照らして適切に扱ってください。