従業員36名の設備工事業。現場が三つに増え、社長が全部を見るのが限界になっていました。
外から採った課長は、同業で十年の経験があり、同じ種類の工事を仕切っていた人でした。
入社の挨拶は朝礼でしました。現場をまとめてもらいます、と社長が紹介した。それだけでした。
一か月後、現場からの報告が課長を飛ばして社長に来るようになりました。そして課長本人からも、判断を求める相談が増えました。
両方から来ている。誰が決めるのかが、どこにも書かれていなかった。
社長が個別に聞いて回って分かったのは、二つのことでした。
一つめ、既存の職長が自分の権限が減ったと思っていた。実際には減らしていません。ただ課長が入れば減るはずだ、と本人たちが考えていました。
二つめ、減るかどうかが分からないので、確かめずに従来どおり社長に上げていた。これは合理的な行動です。
課長の側も困っていました。自分がどこまで決めていいのか、聞かれていない。
つまり全員が、同じ一点で止まっていました。誰の決裁範囲がどう変わったのか。
この課長は半年で退職しました。決める場所がないまま、仕事がなかったという理由でした。
一年後、もう一度外から採ることになりました。社長が今度やったのは、入社の前に紙を配ることでした。
配った相手は、課長の下に入る六人と、関係する部署の三人。合計九人に、入社の三週間前です。
紙はA4一枚でした。内容は、誰の役割がどう変わるかだけ。新しく入る人の経歴は書いていません。
紙は既存の社員だけでなく、入る本人にも同じものを渡しました。
さらに本人には、二つを口で伝えました。
一つめ、既存のやり方を三か月は変えないでほしい。経験があるので、改善点はすぐ見えます。ただし最初に変えると、変えられた側は否定されたと受け取ります。
二つめ、三か月後に変えたいことを三つ挙げてほしい。見たものを溜めておいてもらう形にする。
この二つを伝えると、本人が我慢ではなく観察の期間として受け取ります。何もしないでくれ、とだけ言うと手持ちぶさたになります。
なお、職務内容や決裁の範囲、処遇を変更する場合には就業規則および労働契約にもとづく定めがあります。紙に書く前に、変更が可能な範囲を確認しておく必要があります。
二度目の課長は、三か月後に変えたいことを三つ持ってきました。
社長が驚いたのは、三つのうち二つが社長自身の仕事だったことでした。見積の承認待ちと、現場間の人の調整。
外から来た人には、内部の人が当たり前だと思っている滞りが見えます。三か月黙って見てもらったぶん、具体的でした。
報告の経路も、一度目のようには戻りませんでした。紙に書いてあるので、確かめる必要がない。
一年後、この課長は在籍しています。既存の職長も六人全員が残りました。
私たちBEYONDは、外から助言するコンサルではなく、中小企業同士が連合して複数の実業を自分たちで回している当事者です。外から人を入れる場面が何度もありました。
失敗した側に共通していたのは、入る人の紹介に力を入れて、既存の社員の変化を説明していなかったことでした。経歴を立派に紹介すると、むしろ既存の社員は身構えます。
効いたのは、紙を一枚配ることでした。内容は入る人の話ではなく、読む人自身の役割の話にする。読む側が知りたいのは、自分がどうなるかです。
もう一つ。変わらないと書く行が、いちばん効きました。変わる人の説明より、変わらない人への一行のほうが、現場を落ち着かせました。
やって失敗したのは、紙を入社当日に配ったことでした。当日だと、本人の目の前で読むことになります。三週間前に配ると、疑問が出てから入社日が来ます。
いま外から管理職を入れる予定があるなら、最初に一つだけ書いてください。関係する社員について、決裁範囲が変わるか変わらないかを一人一行。変わらない人の行を省かないことです。
PACK(BEYOND PLAYBOOK)は、採用の手法を外から持ち込むのではありません。BEYOND Holdings 自身が外から人を迎えてきた当事者として、決裁範囲の棚卸し → 一人一行の紙づくり → 新任に任せない範囲の設定 → 相談先の指名までを、貴社の組織の形に合わせて一緒に整理します。
まずは無料の組織体力診断で、いま組織のどこに負荷が溜まっているかを確かめてみてください。結果を見ながら、誰の役割から書くかを一緒に決めましょう。
※本記事の事例は、中小企業で起こりうる場面を想定して構成したものです。特定の企業の実例ではなく、記載の人数・期間・件数はすべて説明のための仮の数値です。従業員の職務内容、決裁の範囲、役職や処遇を変更する場合には、就業規則および労働契約にもとづく定めがあり、変更が可能な範囲、手続、本人への説明について法令上の取扱いがあります。採用時の労働条件の明示にも定めがあります。個別の対応については社会保険労務士および顧問弁護士に必ずご確認ください。